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『真の確率』について考える(2)

[もう少し「真の確率」について考えてみるために,2人の神様を登場させます]

業界によって用語の定義が違うようだが,ぼくの(本来の)専門である気象学では「確率論的」の反対語は「決定論的」という単語である.(哲学用語なんかだと,確率論的決定論という単語もあるのだが,これはここでいう「確率論的」と同じ意味である)

「決定論的」というのは厳密な因果律に結果が拘束されているという立場のことである.馬券を買うときでいうなら,「天皇賞ならウォッカが来る!!」というような考え方のことを指す.「決定論的な」世界では神様がすべてのことがらをいちいち指示して決めていることになり,神様から話が直接うかがえれば,1着2着3着全部を当てることができる.

「確率論的」というのは未来は確率的に決まっているのだという立場のことである.この場合「ウォッカが勝つ確率は40%である」のような考え方になり,勝つことも負けることもありえるが,もし地球のパラレルワールドがどこかにあるのなら,そこではまた違う結果になるかもしれないということである.「確率論的な」世界では神様がすべてのことがらをサイコロを振りながら決めていることになる.先ほどの項で述べたようなサイコロでたとえるなら,六面のうちウォッカと書かれたのは四面で,カンパニーと書かれた面が一面あり,残りの一面にスクリーンヒーローと書いてあるということを,すなわち「真の確率」を,知っている.しかし,実際にどの面がでるかは神様にもわからない.

世の中が「決定論的」にできているのか,それとも「確率論的」にできているのか,あるいはそのどちらでもないのか,ということはぼくにはわからない.けれども,競馬に関して言うと直観的には「確率論的」に決まっているような気がするのである.すなわち,ちょっとした「あや」で,結果ががらっと変わりうるようなそんな性質のものだと思えるのである.
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